文化・思想・慣習・国民性などについては、隣国でありながらかなりの相違があります。これらはこちらに赴任する前(2008年初頭)から中国とは仕事で関わりがあり、中国人の知り合いも多く、何度か訪問したことがあったため、自分にとっては大きなギャップもなく現地生活に入ることができたようです。いまだに受け入れられないことは多々ありますが、生活全般においてほぼ慣れている(あるいは抵抗をあきらめている?)状態です。「郷に入らば郷に従え」という考えもあるでしょうし、「他人は他人、自分は自分」を貫くということも、場面によっては必要かもしれません。先達を見ていると、こういう切り替えが、意外に日本人はうまいような気もします(切り替えができる人だけが残っているということもあり)。いずれにしても相違を面白がるくらいの気持ちがないとやっていられないのは海外生活共通でしょうね。
2年も暮らしていれば、特段の努力なしでも、生活に必要なだけの中国語はなんとなく身についてきますが、自分としては今後長く中国に留まる覚悟もあまりないため、それほど中国語習得に熱心ではありません。仕事上どうしてもついて回るコミュニケーション上、中国語ができることはとても役に立つのですが、一方で日中両語に堪能な人材は安価かつ大量にいるため、今後のキャリアにとって最重要ではないのです。語学力は前提、スタート地点であり、仕事の本質部分ではないと感じています。
そういう意味では、これからこちらで仕事をしようと考えている人に何がしかのアドバイスをするとしたら、語学は前提として重要ではあるけれども必須ではなく(高いハードルにはならない)、仕事のしかたから始まる、これまでの知識・経験とそれに基づく判断力や企画力などの能力を生かすことができるかどうかを検討するのがよいと思います。
中国語に堪能というだけでは、一般の中国人と同じスタート地点に立っているというだけのことで、あるいは日中語に堪能というだけでは、数多いる通訳の一人に過ぎないということで、自分の価値を差別化していくことは難しいでしょう。実際、こちらで自分たちが必要としていて、なおかつ得がたいのは、(日本語や中国語の一方ができなくても)仕事ができる人なのです。
自分の当地での仕事は、商品(主に業務サービスやコンサルティングのようなもの)の企画から営業・販売を行っています。基本的には日本で確立されている方法論を、こちらの環境に合わせて作り変えるような作業が多くなります。顧客は現地日系企業あるいは日本の企業になるため、また必要な場合には翻訳通訳のスタッフを抱えているため、仕事上では日本語を使うことがほとんどです。
中国の市場性はやはり大きく、今や自分の勤務する会社でも日本本社の売上を上回る状況になっています。この好況は不動産バブルに過ぎないという見かたがあり、一面では確かにそのようでもあり、貧富の格差も拡大している望ましくない状況で、また、疫病から国政に到るまでさまざまなリスクが存在しているとはいえ、そうかといって無視もできない、単純に形容できない魅力を備えている場所であることは確かです。
-- c l o s e